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日本観光研究学会優秀論文賞を受賞した卒業生?田中 麻琴さんインタビュー
2022年7月、本学教員である 中川 秀幸(なかがわ ひでゆき)准教授と本学卒業生の田中 麻琴(たなか まこ)さんによる研究論文「Contrasting the Net Impacts of Preservation Policies in Historic Districts(参考訳:重要伝統的建造物群の保全とその経済的影響の検討)」が日本観光研究学会2021年度優秀論文賞を受賞しました。この論文は、田中さんが卒業論文で取り組んだ研究を一歩深めたものです。
本学卒業後、英国?スコットランドのエディンバラ大学大学院に進学し、現在は建設コンサルタント会社に勤める田中さんの、これまでの学びの軌跡に焦点をあて、詳しくお話を伺いました。
卒業論文の研究を発展させて受賞
まず、今回の受賞は根気強く指導してくださった先生方、大学関係者、いつも支援してくれた家族や友人、良い研究の機会に恵まれたおかげです。この場をお借りして、感謝の気持ちを伝えさせていただきます。また、研究と私自身の話をさせていただく素敵なインタビューの場を設けていただき、本当にありがとうございます。
町並みの保全が制度化されている地域では建築や景観維持のための規制が厳しく、自由な建築?修繕ができないことや維持管理が大変になるという負の影響と、美しい景観や文化的な空間が楽しめるという正の影響があります。そのため、このような地域では実際にこの正と負の影響を加味し、より好ましい環境となるように都市政策がとられているのかが評価されなければいけません。
グローバル?ビジネス(GB)課程(現:領域)在籍時の卒業論文では、神戸市の重要伝統的建造物群保存(重伝建)地区を事例として、重伝建地区内外の住宅価格を比較するヘドニック法(※1)を用いた分析を行いました。今回、その研究を発展させ、神戸市都市景観条例で定めた都市景観形成地域(※2)と、文化財保護法により選定された重伝建地区の規制の違いが建物賃料に及ぼす影響を、より高度な統計手法を用いて分析しました。統計的な部分は指導教員である中川准教授が研究を深めてくださり、今回共著として賞をいただきました。
誰もが理解できる「文化」の共通の尺度を求めて
歴史的な建造物や伝統文化に興味を持ち始めたのは小学生くらいの頃からだったと思いますが、最初に活動のテーマとしたのはAIU入学前のギャップイヤー活動(※3)です。当時はなんとなく伝統文化の保存に興味をもって、「文化」や「文化財」をキーワードにボランティア活動やヒアリング調査をしました。
AIUに入学してからも文化財に興味はあったのですが、関連する授業は少なく、今後どうしようかと考えていたところ、JR東日本とAIUの連携協定のもとで開催された秋田市内の遺産観光モニタリングに参加する機会に恵まれました。大学1年次のEAP(英語集中プログラム)の期間に専門課程を担当する教員と繋がりを持つことができ、これをきっかけにAIUで行われていた文化遺産に関するイベントやワークショップ、研究助手の活動に参加するようになりました。その後は、知り合った先輩や教員の研究のお手伝いをさせてもらいながら、自分の興味がどの学問分野に当てはまるのかを探っていました。
「文化」というものに興味を持つ中で、周りの人から一番言われたのは、「文化はお金にならない」という言葉でした。文化に関心がない人たちにとっては無駄にお金がかかると感じるのかもしれません。そんなときに、文化財の価値を数字で表すことができる経済学に出会い、学部では経済学を勉強して、文化に関心がある人もそうでない人も理解できる共通の尺度で文化の価値を分析しようと決めました。
留学先で気づいた、都市空間が生み出す「町の個性」への興味
最初に主体的に調査をさせてもらったのは大学2年次のときで、テーマは秋田県横手市増田町の重伝建地区での後継者問題でした。その調査を通して、自分の専門知識のなさを身をもって感じたので、3年次の交換留学では経済学を思う存分勉強できるタイのタマサート大学経済学部を留学先に選びました。経済学を勉強したいと決まっていたことと、お世話になっていた教員の出身校だったことなどが決め手でした。
留学先では、経済学の授業ばかりを履修し、授業外では、AIUのイベントで知り合った教員やそのお知り合いの方にタイの遺跡の見学に連れて行ってもらったりしました。そういった学術的な活動はもちろんですが、日々発展するバンコクのなかでも伝統的な建築物や路上マーケットの文化が残り、それらが町並みを形成して「バンコクらしさ」が存在していることを毎日感じていました。
それまで私は大きく「文化」のなかでも何に興味があるのか自分でもわかっていませんでしたが、留学生活を通して個別の建築やお祭りではなく、そこに暮らす人々を支える都市空間が生み出す「町の個性」に興味があると考えました。留学中の夏休みには一時帰国し、文化庁の建造物保存を行う課で2週間のインターンシップに参加したりと、今思うと文化財漬けの学生生活でした。そのあたりから、「その町らしさ」というものを守ったり生み出したりするために、文化財という側面からのアプローチをとるか都市開発からのアプローチをとるか迷いが生まれ、今後どちらの分野を深めたいのか、実は今もまだはっきりとわかっていません。
交換留学から帰国後、卒業論文を書くにあたり文化財の価値の定量評価法のなかでも都市空間を扱えるヘドニック法を用いた研究をしてみたいと思い、今回賞をいただいた研究の雛形ができました。
「文化財の保存」と「町の開発」の最適解を求めてエディンバラ大学に進学
修士課程に進むとしたら、「町の個性」を分析するだけでなく、都市環境を作る実践的な内容も学びたいと考えていました。大学院進学は1年次の頃から選択肢のひとつとして考えていましたが、4年次になっても就職か国内外の大学院に進学するか非常に迷っていました。そんな中、中川准教授はもちろんですが、ギャップイヤー活動中にお世話になった教員に相談したり、海外の大学院に進学された経験を持つ大学職員の話を聞き、奨学金をいただくことができたら海外に行こうと決めました。
数ある海外の大学院の中から英国?スコットランドのエディンバラ大学を進学先に選びました。理由は3つあります。1つは、英語圏であることとスコットランドであること。私はAIUの交換留学でタイに留学したので、一度英語圏への留学をしてみたいと思っていました。また、タータンチェックやウィスキー、ゴルフやバグパイプなど、スコットランドの文化はなんとなく可愛らしく、1年次の時からスコットランドに行ってみたいと思っていました。2つ目はイギリスであること。ヨーロッパにはフランスやイタリアのように歴史的な町並みを美しく整備している国は多々ありますが、イギリスは文化財保護のアプローチではなく都市計画のアプローチでも歴史的な景観を守り活用していく姿勢が強いのではと感じていました。私は歴史的な町並みや文化的な空間が好きでこのような研究を始めましたが、卒業論文やバンコクでの留学を通じて「文化財の保存」と「町の開発」のバランスをどうにかうまくとれないか考えていたので、都市計画や都市開発の観点で歴史的な建築の保存を学びたいと考えました。3つ目は、エディンバラの町が世界遺産に登録されていること。エディンバラには、新市街地(18世紀頃の町並み)と旧市街地(中世の町並み)があり、エディンバラのまちづくりの歴史が凝縮されています。そんな場所で勉強できたらとても素敵だろうと思い、エディンバラ大学を選びました。
修士課程の1年間は、A8体育官网_A8体育直播-在线|投注の影響で一度も対面授業はありませんでしたが、エディンバラで1年間まちづくりを勉強し、歴史的な町並みが美しくそれらを守るという観点だけでなく、そもそも人々の生活や社会情勢が町の形成や都市の発展にどのように影響しているのかという観点から、町というものが非常に有機的なものだと学ぶことができました。
都市空間を「つくる」建設コンサルタント業界へ
都市空間を構成する様々な施設をつくる仕事に携わりたいと思い、現在は建設コンサルタント業界で働いています。主な顧客は地方自治体や国で、橋や道路の設計を行ったり、公園やごみ焼却施設、給食調理場など公共施設の設計や施設整備計画を策定する仕事をしています。文系学生にはあまりなじみのない業界かもしれないですが、JICAなどが海外で橋や道路をつくる事業を行うときも、建設コンサルタントが設計や計画に携わります。
この業界では、営業職や人事など職種別で採用活動を行っている会社が多く、私は技術職に就いています。技術職の9割以上は理系出身ですが、私が所属するグループでは公有地活用や公共施設の複合化(市役所と保健所や図書館、公民館を同じ建物にするなど)の計画を立てたり、公共施設整備や運営の民間委託が効率的に行われているかを分析したりする業務を行っていて、AIUと大学院で学んだことを活かせた仕事をしています。
海外経験が活かせる仕事も魅力的でしたが、まちづくりは最終的にはとてもローカルな仕事なので、国内外関係なくAIUと大学院での学びを活かせる仕事を選びました。いずれは海外や国際機関での仕事などもきっかけがあれば挑戦したい気持ちもあり、ひとまず数年間は今の仕事を頑張ってみてから考えようと思っています。
「優秀」ではない私から、後輩の皆さんへ
私は「優秀な学生」からは程遠く、勉強もどちらかと言えば苦手で、修士課程まで進むようなタイプではなかったかもしれません。今回のようなインタビューでもなかなか言葉が出てこない、感覚的で頼りない思考の持ち主です。しかしAIUで素敵な人たちに出会い、自分の興味が形になる気がして、在学中に研究を一生懸命やってみました。
AIUでは教養学を勉強するため、幅広い分野の中から、なかなか自分の興味や関心分野が見つからなかったかもしれません。私はまさにその状況でした。純粋な学問的興味だけでなく、自分の興味をより明確にするためにがむしゃらに動いてみたのが、たまたま研究活動だったのです。今回、論文で賞をいただいたことは、研究そのものが評価されただけでなく、AIUで自分が頑張ってきたことが間違っていなかったと認められた気がして、嬉しいです。
やはりAIUにいる間、何か1つ情熱を注げるものがあるといいのかなと思います。AIUは教員や学生はもちろんですが、事務局の皆さんや地域の方々も様々な背景をお持ちの方がいらっしゃって、皆さん困っていたら手を差し伸べてくれる人ばかりだと思います。そんな環境があれば成しえることがたくさんあるので、ぜひAIUの環境を活かして、実り多き学生生活を送ってください。
中川准教授からのメッセージ
本研究は学術研究助成基金の助成を受けて実施したものであり、またデータを提供いただいたLIFULL HOME’S様をはじめ多くの方々のご支援、ご指導があって成立したものであることを表明するとともに、改めて深く感謝申し上げます。誠にありがとうございました。
当時私は、文化財ではなく、他の公共財の評価を同様の研究手法を使って行っていたのですが、田中さんや田中さんもお世話になった先輩の後藤 尚樹さんの研究指導をしていくうちに自身も文化政策の知見を深めていきました。ですので私自身が学生たちの関心や研究意欲に大きく影響を受けております。
本学は比較的規模が小さく、少人数での講義が多いため、多くの学生を指導する機会はありませんが、その分一人ひとりの研究指導に注力することができ、また学生から学ぶことも多々あります。今回受賞した田中さんとの研究はその最たる例で、田中さんに初めてお会いした1年生の時と卒業時のお姿を思い返す度に、大きな努力?成長の軌跡に驚きを隠せません。
そして現在も田中さんや他の先輩に良い影響を受けた学生たちが研究に勤しんでおり、毎日楽しく研究、指導に励んでおります。このような環境に感謝しつつ、この好循環を維持して邁進していきたいと思っています。